smiley smile4
2.vegetables
ベースだけをバックに歌、というはじまり、シンフォニックな
1曲目から、2曲目での急な
音数減に一瞬「ん?」と思わされる。
この曲は「smile」の収録予定曲だが、smileバージョンとはキーが違う。
今日はじめてきづいた。出だしがDだ。
簡素で、削ぎ落とされたアレンジだが、
基本的にはsmileバージョンの曲調をひきついでいる。構成は
Aメロ→Bメロ→A`→B`→A``(間奏的なもの)→ブリッジ→
A```(スローかつアカペラ)→A````
というかんじか。
このうち、ラストのパートA````は、smileでの録音素材(に、
スティールパンのような音が重ねられている)をそのまま使用している。
よってこの部分のみキーがEになり、広がりをもたせて終わるような
効果を生んでいる。
あとsmileバージョンの、CメロにあたるパートとDメロにあたるパート
が、まるまる削られている。
野菜をかじる音をパーカッションとして使うアイデアもsmileバージョン
と同じ(かなりひかえめだが)。
こういう、サイケデリックをコメディ的な感覚として表現する感覚を
前の記事でブライアン以外のメンバーのサイケデリックへの無理解
の結果ではないかというような書き方をしたが、よく考えると、
どっちともいえない気がしてきた。この感覚については、共有されて
いるかもしれない。なぜならsmileのコンセプトのひとつに、
「ユーモアと
音響効果をふんだんに入れる」というものがあるからだ。(smile
が暗礁にのりあげていたころ、smileを、「ユーモアと音響効果
のアルバムにしたい」、とレコード会社に提案して却下されている)
それを思い出すと、サイケをユーモアで表現するというのは、
ブライアンウィルソンこそがその個性のみなもとのような気が
してくる。じっさいsmileのアウトテイクには、小人になって
ピアノのなかに落ちてしまった
とか、フレンチホルンどうしが命をもって会話をはじめる、とかの、
ノイズのようなコントのような音源もいくつか残されている。
smiley smile は、ブライアンウィルソンのやる気はともかく、
他メンバーの、曲のアレンジとかプロデュースの経験の少なさからして、
やっぱりアイデア自体の源はブライアンだろうと推測するが、smile
では、アルバム全体や1曲のコンセプトがあって、それを拡大、
エスカレートさせる方向でのサイケ感だが、smiley smileではその
コンセプトだとか、方向性を持っていないことが大きな違いだろうか。
だから、同じ感覚、同じアイデアに基づいていても、smiley smile
では、脈絡がなく、奇妙な展開、単にギャグみたいな歌詞という
かたちになって表れているのかなとおもう。
この曲は、ブライアンウィルソンが67年当時有機野菜とか健康食品に
こっていたから生まれた。24時間営業の健康食品店「ラディアント
ラディッシュ』を開店したりしたという。(でたらめな経営に終始して、
一年ほどで閉店したらしい)
smileでは、vega−tablesと表記されていた。これは造語らしい。
smiley smile3
では、1曲ずつ聴きながら、曲や構成についてとか、書きたいことを書こうとおもう。
まず、収録曲は以下のとおり。
1.Heroes and vilins
2.Vgetables
3.Fall breaks and back to winter
(Woody woodpecker symphony)
4.She`s goin bald
5.Little pad
6.Good vibrations
7.With me tonight
8.Wind chimes
9.Gettin`hungry
10.Wonderful
11.Whistle in
このうち、1、6がシングル曲で、「SMILE」プロダクションでの録音。
すなわち、ゴールドスタースタジオなどで、セッションミュージシャン
たちを多数つかった録音。それ以外の曲は、ブライアンウィルソンの
自宅で、ビーチボーイズのメンバー自身が演奏している。
1、6曲目は、アナログLPでのA面1曲目とB面1曲目。これは
レコード会社の思惑にのっとった構成らしい。まず最初にかかる曲は
キャッチーなものを、ということだ。
現在でも、アルバム単位で聴いた時、最初と中間にこれらのシングル曲
があることが、「smiley smile」ちゃんとしてるじゃん!という
印象をかなり強めている、と思う。
比べて聴いてみると、1、6とそれ以外は、アレンジの規模とか、音質
とかが全然違う。1、6は、使える音は全部使うという姿勢だが、
それ以外の曲は、ピアノやオルガン、アコギ、ウクレレ、パーカッション
など身の回りの楽器を使い、音数も少なく、シンプルな構成。
加えて、エコーのシステムの設置が間に合わなかったとかで、
伴奏から歌まで、ほぼノンエコーだ。部屋の空気感が伝わってきて、
非常に生々しい。
しかし、並んでいると地続きというか、1つの作品
として認識されるのだ。アルバムの不思議ですな。
1.Heroes and vilins
前述のとおり、これはシングルとして発売された曲で、「smile」での
録音である。
だが、多少ややこしいが、この曲は6の「Good vibrations」と違って、「smile」が中止されたあとに発売されたシングルである。
「smile」が中止されたのは5月なのだが、1月にシングルとして発売
するため制作していたが、完成できなかったという経緯がある。
そして、発売されたのは、中止が決定したあとの7月。つまり、今現在
「Heroes and vilins」のシングルとしてもっとも知られている
バージョンは、録音は済んでいたものの、完成したのは
「smiley smile」の制作時期だということだ。
そう思ってきくと、まあ憶測もはいってくるが、「smiley smile」の
要素が入り込んでいると感じる部分がけっこうある。
この曲は、
1.西部劇的なAメロ
2.憂鬱な雰囲気のBメロ
3.Aを展開させたパート。A`
4.Aを展開させたパート。これはCメロとする。
5.Aを展開させ、スローでほぼアカペラで歌われる。D
6.Bメロにもどる
という構成である。
「smile」の制作は、これらAメロ、Bメロなどを別々に、しかも
複数のアレンジの異なるパターンを録音し、あとでテープ編集によって
つなぐという方法がとられていた。展開や構成をあとで変えられること
で、より創造的な作品を生み出そうという意図によるものだが、
結果的には、この方法は多くの混乱を生み、「smile」の失敗の要因
のひとつになったのではと想像する。
PCで録音できる現在では、こういうタッチアンドペースト手法は、
だれでも簡単にできるすごくポピュラーなものになった。
2004年に、「smile」が37年を経て完成されたのは、PCの発展の
おかげといえるだろう。
でも、今でも、曲の構想や、アレンジのアイデアについて、大風呂敷を
広げすぎるのは、作品の制作を混乱させるのは同じだとも思う。
Heroes and vilinsは、「アメリカの歴史を音楽で再現する」という
「smile」のコンセプトの根幹であり、いろんなパターンを録音
するなかで、それがまた別の曲として発展したりと、ものすごく
膨大な録音がされた。
Heroes and vilinsのもともと予定されたアレンジといわれているバージョン
は、いまではボーナストラックなどで聴けるが、この
シングルバージョンとは構成が違う。
具体的には、ハープシコードとパーカッションをバックに『英雄よ
悪漢よ、おまえたちがなにをしたのかみろよ」と憂鬱に歌うBメロは、
当初は別の曲として使うはずだったのではないかと思う。
実際、この曲から派生したといわれる「Do you like worms」
という曲が存在する。この曲のBメロは、キーが違うが、
Heroes and vilinsのBメロとほぼ同一のパートである。
そして、このシングルバージョンで聴けるBメロには、オルガンが
オーバーダブされており、この音色がすごく「smile」ではなく、
「smiley smile」を想起させる。
そして、西部劇的な、快活なAメロ→ネイティブアメリカンへの
弾圧の歴史を暗喩した憂鬱なBメロという構成にしたことで、
アルバム全体の、そこはかとなくほの暗いイメージにもマッチしている
アレンジだ。
ぼくははじめて聴いたとき、このBメロのインパクトがすごく強かった。
この曲には、酒場でマルガリータに恋をした、というパートとか、
いろんなコーラスアレンジで延々do do do Heroes and vilins、
と歌うパートなど、さまざまなパートがあり、それらは今ではすべて
「sessons」で聴けるが、精神が無限に拡張していくような、少々
空恐ろしい感覚を体験できる。ぜひ聴いて、戻って来れなくなって
みてほしい。
smiley smile5
3.Fall breaks and back to winter
(Woody woodpecker symphony)
チンコーン!とこの曲がはじまると、あれ、このアルバムヘンかも、
とはっきり思い始める人が多かろうなと思う。おもちゃのシンバル?
と、拍子木みたいなパーカッションが、まず耳につく。
このへんなパーカッションの多用は、この当時の
ブライアンウィルソンのおおきな特徴のひとつだ。
それは「pet sounds」にもあらわれている。
この曲はA、Bがくりかえされるだけのシンプルな構成だ。
コーラスはあるが、歌詞はなく、インストである。
Aのパートの半音階のベース、オルガンの低音ぽい音だが、このフレーズ
は、smile収録予定だった「ミセスオリアリーズカウ」という曲の
アレンジだといわれる。正確には、この「ミセス〜」に、イントロとして、
本編よりテンポが速めで、おもちゃの楽器がピーピーガチャガチャ
と入ったパートがあるのだが、そこが直接のアイデアの出どころだ
とおもう。2004年にでた「Brian wilson版smile」では、逆に、
この、「Fall breaks〜」のコーラスパートが、「ミセス〜」に
重ねられた。これは、これらの曲の関連性を示しているともいえるが、
ファンの解釈に、影響されている可能性もあるとおもう。
この元曲の「ミセス〜」だが、これは万物の4要素、地、水、火、風
を組曲で表現する
という、これまた大風呂敷を広げすぎた大曲、「ジ•エレメンツ」のなかの、
火のパートとされる曲。この「エレメンツ」は、smileのなかでも
もっとも謎とされていて、この曲をどうまとめるか、というアイデアが
どうもでなかったようで、これもまた、「smile」の中止の原因の
ひとつとなったということだ。
この曲がどういう完成系になるはずだったかは、「sessions」がでた
現在でも、はっきりわかってはいない。ブライアンが多くを語らないのと、
「sessions」におさめられたのは、かつて意図したものの完全な再現
ではなく、あくまで今できうる完成系をめざしたものだからだ。
おそらく、67年当時どうするつもりだったかというのは、本人でも
はっきりとは覚えていないのではないだろうか。
「ミセス〜」は、「火」のパートの曲であり、炎が燃え上がり、
黒雲をあげて、ゆっくりと燃え広がっていくような異様な迫力を
持った曲だ。
対してこの「Fall breaks〜」は、アイデアを流用してはいるが、
不思議な森の中に迷い込んだような、わりと静かな雰囲気に
仕上げられている。タイトルに冬とあるから、冬の曲だろうか。
ジャケの印象にぴったりの曲という意味では、アルバムの中で
この曲が1番だとおもう。
そして、この曲とかを聴くと
とにかくアルバムをどうにかしなきゃいけないから、
頭の中のアイデアを思いつくままに出してるんではないかと想像
してしまう。
「ミセス〜」は、ブライアンウィルソンがその後何十年と
「smile」に触れたがらなかった、元凶のような位置にある
はずだった曲なので、そう考えないと、なんでわざわざこの
アイデアをひっぱってきたのか、説明がつかないからだ。
ぼくが思うには、だからやっぱり、中止になったわりと直後という
ことと、必要にせまられてのことだと推察する。
ブライアンはその後1968年頃までは、smileのアイデアを手直ししよう
としていた痕跡があるので、この1年ほどの期間に、smileの呪縛の
ようなものが形作られたのではないだろうか。71年アルバム
「サーフズアップ」のころには、アルバムの目玉としての
サーフズアップの再録、
収録にただひとり反対するほど、「smile」に懐疑的になっていた。
70、80、90年代と、「smile」の発売計画がたちあがったが、
ブライアンウィルソンの反対で立ち消えるというのは、覆せない
ながれだった。2000年をすぎるまでは。
ま、どこまでいっても憶測にすぎないが、どういうつもりでこの
smiley smileをつくっていたのか、ずっと、これからも、
アルバムを聴くたびに想像しつづけるだろう。
smiley smile 2
smiley smile自体に思い入れがあるかもしれない。これも、関連書籍に書いて
あることの記憶自慢のようなオタトークとなるが、書いてしまえ。だって、
こんな話、する機会がついに訪れなかったんで。こんな話、したいなあ〜と
思いつつ、しないのが、おれの良いところだったような気もするような
しないような気もするが、別にどうでもいいわさ。やりたければやるで
いいんだよ!!!
おれのビーチボーイズ聴取体験は、pet sounds 、all summer long 、
smiley smileという順で、時代は1995年、ビーチボーイズを知ったのは、
ロックマニアだった先輩から「ブライアンウィルソン自叙伝」を
勧められて読んだことがきっかけだった。いまでは鵜呑みにしては
いけないというのが通説になってるこの本だが、「 smile」に関する
ことに多くページを割いていた。「smile」について猛烈に興味を
かきたてるに充分だった。
95年というと、「オレンジクレートアート」と「駄目な僕」が出た年で、
「オレンジ〜」はいわずもがな smileの制作コンビだし、「駄目」の
ライナーには、スマイルがもうすぐ発売されるらしいと書いてあった。
ので、僕は、もうすぐでるんだ、と思って待っていたが、いっこうに
発売されることはなかった。
「smile」と「smiley smile」の違いについて。
まず基本的なこととして、「pet sounds」につづくアルバムとして
「smile」が制作されていたが、もろもろの事情により制作中止となり、
だが契約上なんらかのアルバムを発売しなくてはいけないので、急遽
(2週間といわれる)制作されたのが「smiley smile」。シングル
として発売された2曲「英雄と悪漢」「グッドバイブレーション」は
「smile」のプロダクションで制作されたものそのままが収録されたが、
その他の曲は再録音しなおされたもの。しかも、制作中止のショックで、
ブライアンウィルソンがスタジオにこなくなったため、これも急遽、
彼の自宅にスタジオをつくり、そこで録音された。従って、
「smile」が交響曲的なスケールの大きな音なのに比べ、
「smiley smile」はまさに宅録のような、こじんまりとした音と
アレンジである。
95年当時はじめて聴いた時、おれは「駄作といわれてるけど、けっこう
いいじゃないか」と思った。ヘンでいいじゃん、と。
いま、改めて聴くと,このヘンさは、もともとあった「smile」とは
似て非なるものだとわかる。「smile」もへんだが、「smiley smile」は
もっとあからさまにヘンなのだ。これは、サイケデリックとは
距離を置いていたほかのメンバーが採用ジャッジを下してるからだ
と思う。「サイケデリック」ってこんなもんだろ、っていう
ざっくりした理解が、この妙に奇をてらった、
コメディ映画のサントラのような音に結実したのだろうと。
でも、この時点では、アイデアを持ってるのはブライアンだけで
あったろうから、ブライアン的な感触もある。実際、作曲は全部
ブライアンだ。前作までと違い、いろんな思惑が混ざっている。
ここに、完全にやる気をなくした作曲家/プロデューサーと、
思わぬ計画の頓挫で急遽なれない仕事をしなくてはならなくなった
ほかのメンバー、という図をおれは想像する。
並の失敗ではない。「グッドバイブレーション」1曲のために、
5万ドルもの予算がかかったといわれている。それを12曲、
1年近くかけた空前の規模のプロジェクトを、こけさせたのだ。
作曲家としての絶頂と、社会的な絶頂、そこから転がり落ちた直後。
その、圧倒的な挫折の心証も、音に強烈に刻まれている。
シドバレットの「帽子が笑う」、あそこまで壊れてないけど
似た感触がある。それは「空即是色」の感触だとおもう。
走っていたバイクが、コケて、停止する。その後にくる、痛みと
静寂。そんなような状況が、その境地に至らせているのだろう。
会社や学校をズル休みしたり、怪我や病気で休養を余儀なくされた時、
寂しさとか不安とともに、ぽっかりと、それまでの忙しさや充実感が
嘘だったかのように、取り残されたような、そんな感覚になった
ことが1度や2度ないですか?入院して、いつ退院できるかもわからず、
でも1日中寝てるしかない、とか。うすーく、寂しく、不安で、哀しくも
あるけど、のんびりともしていて、解放されてもいるような。そういうの
ないですか?これは、一種の竜宮城であって、あまりいつづけると、
ほんとにやばい。あっというまに、なんにもしないまま、
年を食ってしまう。
まあ、つまり、そういう感じを音にすると、このアルバムだと思っている。
smiley smile

ビーチボーイズの1967年のアルバムsmiley smileの2012年に出たmono&stereo盤を
やっと買った。そろそろなくなりそうだったので。
いま家にあるsmiley smile。

なぜ、こんなにあるかというと、60年代に全盛期だったバンドは、オーディオが
モノラルからステレオに以降した時期に音源を出していたので、モノとステレオと2つ
ミックスがあるから。
左上から、97年発売CD、91年のwild honeyとの2in1CD、
再発のモノラルLP、疑似ステレオのLP。(疑似ステレオとはなにかというと、
前提として、当時ブライアンウィルソンが、モノラルこそが最良の形式という
こだわりから、beach boys todayから wild honeyまでの6枚のアルバムを、
モノラルしかつくらなかったということがある。しかし、ステレオの商品も欲しい
レコード会社が,モノラルのミックスを機械的な処理で左右に広げ、それを
ステレオとして売っていた。これが疑似ステレオ)...まあこのへんはビーチ
ボーイズ好きならだれでも知ってる前提かもしれないが。
ステレオが存在しなかった6枚のアルバムを、2000年代あたり?から、
マルチテープからデジタルで新たにミックスし直して、ほんとうの
ステレオミックスがつくられていった。97年の「pet sounds sessons」も
ステレオミックスが目玉のひとつでしたが、それをほかのアルバムにも
適用したわけですな。
なので、僕が特別マニアというわけではなく、完璧にコレクションしよう
としたら、この何倍も盤があるかもしれない。ジャケの印刷のささいな
違いとか。アナログLPでは、始めのほうにプレスされた盤ほど、「オリジナル盤」
と呼ばれ音がいいとされてるけど、それもぼくはもっていないし。今回の盤も、
2012年に出たのに、ケチっていてやっと今日買ったのだ。だって同じ
アルバムだから。でも、基本的には同じでも、
やっぱり違う。ふしぎなかんじだ。
LPをちょっと買うようになって知ったが、ビーチボーイズにかぎらず、
ビートルズにしろ、ドアーズにしろ、ステレオ盤より
モノラル盤のほうが価値があるとされてるようだ。
ビーチボーイズを好きにならなければこんなことは考えなかったに
違いないが、モノラル音源というのはほんとに不思議な存在だと思う。
どういうことかといえば、
生で演奏された音楽を、耳が2つある人間が聴く場合、それは左右の
音の広がりを
聴いてるわけで、モノラルということはありえないからだ。音源だけ
にしかない音楽の形状ということだ。
そして、モノラルには独特な立体感がある。あるていどの音響機器で、
音量をぐっと上げて聴いてみると、なんか音の渦にのみこまれるような
感覚がある。なんか、
古い白黒写真を拡大してみたら、奥のほうに写っていた建物の窓のなかの
、部屋の様子までみえた、というような不思議さがある。
音源というものは、生で聴くのが自然な音や音楽を、録音して、違うとき、違う場所
でも聴いてしまうという、ある種倒錯した行為というか、物体だと思う。モノラル
という形式は、その不完全な、ゆえに完全であるようなありかたによって、それを
より意識させてくるところがある。